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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)336号 判決

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 川原悟

同 川原眞也

同 新里宏二

被告 乙山花子

被告 乙山二郎

右被告二名訴訟代理人弁護士 角山正

右訴訟復代理人弁護士 武田貴志

被告 丙川春子

被告 丙川三郎

被告 仙台市

右代表者市長 石井亨

右被告仙台市訴訟代理人弁護士 渡邊大司

同 八島淳一郎

主文

一  被告乙山二郎及び被告丙川三郎は各自原告に対し、金一二一万四五七一円及びこれに対する昭和五六年九月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告乙山二郎及び被告丙川三郎に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告乙山花子、同丙川春子、同仙台市に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告乙山二郎及び同丙川三郎との間においては、原告について生じたものを五分し、その二を被告乙山二郎と被告丙川三郎の連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては全部原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金三六五万六三一一円及びこれに対する昭和五六年九月二九日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和四一年四月四日生れであるが、昭和五六年九月二九日当時、仙台市立A中学校(以下「A中」という。)三学年に在学していた。

(二) 被告乙山二郎(昭和四一年六月一八日生、以下「被告二郎」という。)は昭和五六年九月二九日当時、A中三学年に在学し、被告乙山花子(以下「被告花子」という。)は、その親権者母であった。

(三) 被告丙川三郎(昭和四一年一一月一日生、以下「被告三郎」という。)は昭和五六年九月二九日当時、A中三学年に在学し、被告丙川春子(以下「被告春子」という。)は、その親権者母であった。

(四) 訴外今井達明(以下「今井校長」という。)は、昭和五六年九月二九日当時A中の校長、訴外佐藤隆夫(以下「佐藤教諭」という。)は同校の被告二郎のクラス担任教諭、訴外文屋俊英(以下「文屋教諭」という。)は同じく被告三郎のクラス担任教諭の地位にあり、いずれも被告仙台市の公権力の行使に当たる公務員であった。

2  被告二郎及び同三郎の本件暴行行為

原告は、昭和五六年九月二九日午前八時ころ、仙台市《番地省略》A中東側裏通用門付近校地内において、被告二郎及び同三郎から何ら理由もなく因縁をつけられ、抵抗できないまま約一時間にわたり殴る蹴るなどの暴行を受けたうえ、さらに右被告両名から「金を持ってこい。」などと要求された。原告は、右暴行により、左第八・第九肋骨骨折、左前腕部及び顔面挫傷の傷害を受けた(以下「本件事件」という。)

3  被告らの責任原因

(一) 被告二郎、同三郎は、いずれも故意に右暴行をしたものであるから民法七〇九条に基づき、原告が被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告花子及び同春子は、本件事件当時、それぞれ被告二郎、同三郎の親権者だったものであり、各々その監護養育する被告二郎及び同三郎に対し、その生活全般を指導監督し、他人に対し暴行・傷害行為に出ないようにすべき注意義務を負っていた。すなわち、被告二郎及び同三郎はいずれも平素から素行が悪く、A中内で頻繁に他の生徒に対し暴力行為に出て、そのため警察から補導を受けたこともあり、いわゆる問題児であったから、親権者である被告花子及び同春子は被告二郎及び同三郎に対し、普段から、本件のような暴行行為に出ることのないように厳重に注意を与え、その行動を十分指導監督すべき注意義務があったのに、被告花子及び同春子はいずれも右監督義務を怠り、その結果、被告二郎及び同三郎の本件暴行行為が発生したものである。よって、被告花子及び同春子はそれぞれ民法七〇九条に基づき原告の被った後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告二郎及び同三郎は昭和五六年ころからA中内においていわゆる「つっぱりグループ」のリーダー格となり、平素から授業を抜け出して校内をはいかいし、同級生を殴るなどの不良行為を重ねていたのであるから今井校長、佐藤及び文屋両教諭(以下「今井校長ら」という。)は被告二郎及び同三郎が校内で他の生徒らに対し暴行するなどの行為に出ないよう被告二郎及び三郎の行動を十分監視し、厳重に注意するなどの教育指導を徹底すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠り、被告二郎及び同三郎の非行を放置していたため、同人らによる本件暴行事件が発生したものである。

また、たとえA中において本件事件当時陸上競技記録会のため校舎を閉鎖中であり、本件事件は突発的に発生したものであったとしても、本件事件当時のA中は、被告二郎を中心とする数名のグループが授業時間中も教室に入らず、校内をはいかいし、器物の損壊や暴力行為を繰り返していたという、教育の場としては考えられない異常な状況にあり、令井校長らが厳重な指導により右状況を是正しなかったところに本件事件の誘因がある。

したがって、被告仙台市は、国家賠償法一条に基づき、原告の被った後記損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

原告は本件事件によって以下の各損害を被った。

(一) 治療費 金一〇万四五〇二円

原告は本件事件当日から同年一一月一一日まで四四日間仙台市二十人町所在の中條整形外科医院に入院し、翌一一月一二日から同年一二月二三日まで同医院に通院して治療を受け、同医院に右治療費として金一〇万四五〇二円を支払った。

(二) 付添看護料 金一八万円

原告はその入院中、その父母の付添看護を要したが、その費用は、一日当り四〇〇〇円が相当であるから合計金一八万円である。

(三) 入院中諸雑費 金四万五〇〇〇円

原告は右入院中諸雑費として一日当り金一〇〇〇円を支出した。

(四) 通院交通費 金三六〇〇円

原告は右通院のため金三六〇〇円を支出した。

(五) 休業損害 金九万七九二九円

原告は、本件事件当時、仙台市内所在の河北新報販売店及び毎日新聞販売店において、それぞれ新聞配達に従事しており、その報酬として前者につき一か月当り金一万五六四三円(一二月には金一万二〇〇〇円の手当てが出る)後者については一か月当り金一万三〇〇〇円の収入を得ていたが、(一)の入・通院のため、少くとも三か月間休業を余儀なくされ、そのため合計金九万七九二九円の得べかりし収入を失った。

(六) 慰藉料 金三〇〇万円

被告二郎及び同三郎は無抵抗の原告に二人がかりで長時間暴行を加えて重傷を負わせ、金員を要求したもので、被告二郎及び同三郎の右行為は極めて悪質であり、これにより原告は身体のみならず精神的にも重大な苦痛及び屈辱感を受けたが、その受けた屈辱感は原告をして登校を拒否させるほどのものであった。

また、原告は当時受験を控えていたが、前記のとおり三か月間を入通院に費したため、原告は自己の将来にとって重大な障害となることを苦慮せざるをえなかったものである。

これらの事情を勘案すれば慰藉料は金三〇〇万円を下らない。

(七) 弁護士費用 金三〇万円

原告は本件訴訟の提起・追行を弁護士川原悟、同川原眞也、同新里宏二に委任し、その報酬として金三〇万円の支払債務を負担した。

(八) 以上損害金合計額 金三七三万一〇三一円

5  なお、原告は、これまで訴外学校安全会から金七万四七二〇円の医療給付を受けた。

6  よって、原告は被告らに対し各自右損害金三七三万一〇三一円のうち右医療給付金七万四七二〇円を控除した残金三六五万六三一一円及びこれに対する本件事件発生の日である昭和五六年九月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告二郎、同花子)

1  請求原因1(当事者)(一)の事実のうち、原告が昭和五六年九月二九日当時A中に在学していたことは認めるが、原告の生年月日がその主張のとおりであることは知らない。同(二)の事実は認める。

2  同2(本件事件の発生)の事実のうち、被告二郎らの原告に対する暴行が「約一時間にわたったこと及び被告二郎らが原告に対し金を持ってこい。」などと要求したことは否認する。被告二郎は、当日A中が仙台市内宮城県営陸上競技場で行う予定であった陸上競技記録会に参加するため同三郎とともにA中付近まで至ったが、たまたま同所を通りかかった原告に対し時刻を尋ねたところ、そのやりとりから興奮して原告に対し本件暴行を加えたものでありその時間は二、三分間にすぎなかったのである。

被告花子は、昭和五六年九月二九日以前において、A中教員から被告二郎の生活がやや乱れ、授業を受けなかったり服装が乱れていたことについて、呼ばれて注意を受けたことがあったので、被告花子は普段から、被告二郎に対しいろいろ生活上の指導をしており、被告二郎も被告花子が注意をすればそれなりに聞いていたのであるから、被告花子に監督義務違反はない。

3  同3(被告らの責任原因)のうち、(一)の事実は否認する。同(二)のうち、被告花子は被告二郎の親権者であったことは認めるが、その余は争う。被告二郎の本件行為による損害は、右監督義務違反から通常生じ得る範囲のものということはできないから、被告花子の右監督義務違反の行為と原告の本件損害との間には相当因果関係はない。

さらに、被告二郎と原告との間には同じくA中の生徒であること以外に平素は全く関係交渉がなく、本件は被告二郎がたまたま出会った原告に対し、その態度に立腹してなした突発的行為によるものであった。したがって、被告花子にこれを予見し得べき特別の事情はなかった。

4  同4(損害)の事実のうち、(一)ないし(五)は知らない。(六)及び(七)は否認する。

(被告仙台市)

1  請求原因1(当事者)(一)ないし(三)の事実のうち、原告、被告二郎及び同三郎がいずれも本件事件当時、A中三学年に在学していたことは認める。同(四)の事実は認める。

2  同2(本件事件の発生)の事実のうち、原告が昭和五六年九月二九日午前八時ころ、A中東側裏通用門付近校地内で被告二郎及び同三郎の暴行により原告主張の傷害を受けたことは認め、その余の事実は知らない。

3  同3(被告らの責任原因)(三)のうち、被告二郎が本件事件当時、いわゆる「つっぱりグループ」のリーダー格であり、平素から授業を抜け出して校内をはいかいし、ときには暴力を振るうなどの不良行為があったこと、被告三郎が三年生の九月ころから授業を抜け出してはいかいするようになったこと、今井校長、佐藤教諭及び文屋教諭らにそれぞれ被告二郎及び同三郎の右行動に対応する教育指導をなすべき義務があったことは認め、その余の事実は否認する。

今井校長、佐藤教諭及び文屋教諭は被告二郎につき、(1)平素授業を受けないでいるときは、校内巡視して発見するようにし、かつ注意を与えて授業を受けさせ、(2)正規の授業以外に特別に授業を施し、通常の授業から遅れないようにし、(3)前記暴力を振うなどの不良行動があったときには母親である被告花子に連絡し、(4)警察及び家庭裁判所が補導、審判するに当ってはこれに協力し、あらゆる教育的指導・監督を行った。

また、右今井校長らは被告三郎に対しても、右(1)及び(3)の方法による指導を行った。

A中においては、本件事件当日は陸上競技記録会のためA中の校舎への出入が閉鎖され、教員も生徒も宮城県営陸上競技場に集合することと定めており、これは全生徒及び父兄に連絡されていたのであるから、今井校長らの生徒に対する指導監督の場は宮城県営陸上競技場に限られるから今井校長らの指導、監督義務は本件事件の行われたA中東側裏通用門付近校地内には及ばなかったものである。

4  同4(損害)の事実は、全て知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告、被告二郎(昭和四一年六月一八日生)及び同三郎(昭和四一年一一月一日生)が昭和五六年九月二九日当時、A中三年に在学していたことは原告と被告二郎、同花子、同仙台市との間においては争いがなく、原告と被告三郎及び同春子との間においては《証拠省略》により認められ、被告花子が同二郎の親権者母であったことは原告と被告花子及び同二郎との間において争いがなく、被告春子が同三郎の親権者母であったことは《証拠省略》により認められ、訴外今井達明、同佐藤隆夫及び同文屋俊英がいずれも、右当時、被告仙台市の公務員で、原告主張のとおりの地位にあったことは原告と被告市との間において争いがない。

二  原告が、昭和五六年九月二九日午前八時ころ、被告二郎及び同三郎から暴行を受け、左第八・第九肋骨骨折、左前腕部及び顔面挫傷の傷害を受けたことは、原告と被告二郎、同花子及び同仙台市との間に争いがなく、原告と被告三郎及び同春子との間においては、《証拠省略》によりこれを認めることができる。

右事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

A中はかねてその学校教育の一部として昭和五六年九月二九日に宮城県営陸上競技場サブトラックで全教員及び全生徒が参加して陸上競技能力を記録する校内陸上競技記録会を行うことを予定し、全教員及び生徒が当日午前八時一五分までに右サブトラックに集合することと定め、全教員及び全生徒に通達していた。原告は運動着を学校から持ち帰るのを忘れたのでこれを取るべく昭和五六年九月二九日午前八時一五分ころ、仙台市《番地省略》A中東側裏通用門付近校地に至った。被告二郎及び三郎は連立って、右陸上競技記録会の開始時刻について確認するため同日午前八時一五分ころ自転車でA中に赴いたところ、たまたま前記場所付近で原告に出会ったので、原告に時刻を尋ね、これに対して原告が時刻を教えたところ、右被告両名は、その答え方が気に入らないと立腹したうえ、原告を同所から校舎入口階段付近に引きずり込み、同所で数分間にわたり無抵抗の原告に対し、こもごも胸部、前腕部、顔面等を殴る蹴るの暴行を加え、同人に左第八・九肋骨骨折、左前腕部及び顔面挫傷の傷害を与えた。以上の事実が認められる。

原告は右暴行時間は約一時間にわたり、さらに、右被告両名が原告に対し「金を持ってこい。」と告げて要求した旨主張し、原告本人尋問の結果中にも右に沿う供述があるが、いずれも右被告両名本人尋問中の反対趣旨の供述に照らし措信しえず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

三1  被告二郎及び同三郎の責任について

前記認定によれば、本件事件当時、被告二郎は満一五歳三か月、同三郎は満一四歳一〇か月であったもので、他に特段の事情も認められないから、右被告両名はその年齢及び前示行動からして本件暴行の責任を弁識するに足りる能力を備えていたものと認められる。したがって、右被告両名は、原告に生じた後記損害について民法七〇九条に基づき賠償義務がある。

2  被告花子及び同春子の責任について

本件事件当時、被告花子が同二郎の親権者であったこと、被告春子が同三郎の親権者であったことは前示のとおりである。

《証拠省略》を総合すると、被告二郎はA中に入学以来本件事件発生に至るまでの間に、しばしば、授業中にもかかわらず授業に出席しないで、同校内をはいかいし、他の生徒に対し暴行し、服装や頭髪についてのA中の定めに従わず、また喫煙したりする等の行動があったし、自動二輪車の窃盗事件を起こし、警察の補導及び家庭裁判所における審判を受けたことがあり、A中はその都度、被告花子に連絡してこれを指摘し、被告二郎の家庭における指導、監督につき注意を与えていたこと、また、被告三郎はA中入学以来三学年一学期までの間に校内における暴力行為こそなかったが、しばしば授業を欠席し、シンナーを吸飲したりする等の行動があり、自動二輪車の無免許運転事件を起こし、警察の補導を受けたことがあり佐藤教諭及び文屋教諭らはその都度被告春子に連絡したり、その家庭を訪問したりしてこれを指摘し、被告三郎の家庭における指導、監督につき注意を与えていたこと、被告花子は同二郎に対し、また、被告春子は同三郎に対し、それぞれA中から前記指導を受けた都度、同様に注意を与えたが、被告二郎及び同三郎はこれらに対し特段反抗する等の態度を示すこともなかったことから、更に進んで被告二郎及び同三郎の右生活態度を改善させるべく積極的に取組む努力はすることなく、その場限りの注意を与えるに止まっていたことが認められる。

右事実によれば、被告花子及び同春子はそれぞれ被告二郎及び同三郎がしばしばA中の生徒に対し暴行に及んでいたこと及びその点につき指摘して注意を与えても改まらないでいたことを知っていたのであるから、更に同じような行動に出ることのないよう同人らを指導する等の措置をとるべき注意義務があったものということができる。

しかしながら、被告二郎及び同三郎はいずれも本件事件の以前にはA中の生徒に傷害を負わせるまでの行動に出たこととか、したがって被告花子及び同春子はそれぞれA中からその点についての連絡、指摘を受けたとか、原告と被告二郎及び同三郎との間に以前から対立状態にあったとか、原告に対してことさら暴行を加えかねない切迫した特段の事情があったとの事実を認めるに足りる証拠はないから、被告花子及び同春子には本件事件についてこれを予見し又は予見する可能性があったということはできない。そうすれば、被告花子及び同春子には、右注意義務を尽くす以上に、被告二郎及び同三郎を監視するなどして本件事件の発生を防止するまでの注意義務があったものとまでいうことは相当でない。

したがって、被告花子及び同春子は、原告に対して本件事件の責任を負ういわれはない。

3  被告仙台市の責任について

被告二郎が本件事件当時、いわゆる「つっぱりグループ」のリーダー格で平素から授業を抜け出して校内をはいかいし、ときには同校の生徒に対し暴力を振るうなどの不良行為があったこと、被告三郎が三年生の九月ころから授業を抜け出して校内をはいかいするようになったこと、及び同中の今井校長及び佐藤教諭が被告二郎について、同校長及び文屋教諭が被告三郎について、それぞれ指導監督義務を負っていたことは、原告と被告仙台市との間に争いがない。

右争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、今井校長、佐藤教諭及び文屋教諭らが本件事件当時被告二郎及び同三郎が、放置されればそれまでの両者の行状からして、それぞれ、いわゆる「つっぱりグループ」のリーダー及び一員として、他の生徒に対して何らかの暴力行為に出る可能性のあることを予見し、特にその行動に注意をしていて、その校内暴力事件を未然に防ぐため、被告二郎及び同三郎をも対象として校内巡視、特別授業、右本人ら及び保護者である被告花子及び同春子との間の三者面談、家庭訪問等による指導をしていたことが認められる。《証拠判断省略》

ところで、学校教育は、家庭内では実現しえない集団内での教化育成を行う目的で行われるものであり、教員の生徒に対する監督義務の範囲は、右の目的からの活動及びそれに密接に関連する生活関係に限られるものというべきである。

したがって、教員の生徒に対する指導監督義務も、右のように制限された範囲内で存在するもので、親権者のそれが子の全生活関係に及ぶのに対し、補充的・副次的なものにとどまる。

この観点から本件暴行をみると、当日はA中の陸上競技記録会で全教員・生徒が宮城県営陸上競技場に直接集合することになっており、校舎は閉鎖されていたのであって、たまたま本件暴行が学校敷地内で行われたものであっても、教育活動ないしそれと密接に関連する生活関係の場から生じたものとはいえないし、原告と被告二郎及び同三郎との間に以前から対立状態があったとか原告ら他の生徒に対しことさら暴行を加えかねない切迫した特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はないから、前記認定のように学校側が被告二郎及び同三郎による何らかの暴行事件発生の可能性を予見しえたとしても、終始被告二郎及び同三郎を監視するなどして本件事件を回避すべき義務までは負っていなかったというべきである。そうすれば、今井校長らが被告二郎及び同三郎の監視、監督をしないでいる間に同人らが本件暴行に及んだとしても、今井校長らがその注意義務を怠ったものということはできない。したがって、今井校長らに本件事件の発生について責任事由を認め得ない以上、これを前提とした被告仙台市の責任もまた認めることはできない。

四  そこで、進んで原告の被った損害について検討する。

(一)  治療費

《証拠省略》によれば、原告は、前記傷害治療のため中條整形外科医院に、昭和五六年九月二九日から同年一一月一一日までの四四日間入院し、その後一一月一八日から同年一二月二三日まで通院(実通院日数一五日)し、右の期間に治療費及びそれに準ずるものとして、金一〇万一七六二円を出捐したことが認められる。

原告において、右の外治療費二七四〇円を支出した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠は存しない。

(二)  付添看護料

原告が中條整形外科医院に四四日間入院したことは前記認定のとおりであるが、その症状に照らし、この間は付添看護が必要であったと認められるから、付添看護料として一日当たり金三〇〇〇円、合計金一三万二〇〇〇円を損害と認めるのが相当と判断される。

(三)  入院中諸雑費

右(二)の期間の入院中諸雑費として一日当たり金一〇〇〇円の費用を要したものと推認するのが相当であるから、右の期間に要した諸雑費として金四万四〇〇〇円が損害と認められる。

(四)  通院交通費

右(一)の通院期間中の通院交通費として原告が主張する金三六〇〇円を前記認定の実通院日数一五日で除してみると一日当たり金二四〇円(片道金一二〇円)と算定され、この程度の交通費は要したものと推認される。

(五)  休業損害

《証拠省略》によれば、原告は本件事件当時、河北新報及び毎日新聞の各販売店において新聞配達に従事しており、本件事件による入通院により右配達を休まざるを得なくなったことが認められ、右休業による損害は金九万七九二九円と認められる。

(六)  慰藉料

前示本件事件の態様に鑑みると原告は被告二郎及び同三郎の本件暴行によって甚大な精神的苦痛を受けたことは推認するに難くない。そして、《証拠省略》によれば、原告は高校受験を控えた三か月間を入通院のため費したため、苦悩せざるを得なかったことが認められる。他方、原告には本件事件発生について特に責められるべき点があったことを認めるに足りる証拠は存しない。

以上の点を鑑みれば、本件における原告の精神的苦痛の慰藉料として金八〇万円が相当と認められる。

(七)  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告は本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任したことを認めることができ、本件事案の性質、審理の経過に鑑みると、右(一)ないし(六)に認定の損害金合計額一一七万九二九一円から原告が控除すべき額として自認する金七万四七二〇円を差し引いた残額一一〇万四五七一円の約一割に相当する金一一万円を本件暴行と相当因果関係を有する被告二郎及び同三郎に賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当と判断される。

以上によれば、被告二郎及び同三郎は各自、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一二一万四五七一円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五六年九月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、原告の被告二郎及び同三郎に対する請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、原告の被告二郎及び同三郎に対するその余の請求並びに被告花子、同春子及び同仙台市に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 遠藤きみ 五戸雅彰)

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